PROFILE

初めまして。新米ブロガーのemiruと申します。

訪問していただき、ありがとうございます。

今年、高3と中2になる二人の娘がいる、アラフォーの主婦をしています。

今まで、ネットといえばショッピングサイトをぐぐったり、You tubeを視聴したり・・・ばかりの生活でしたが、今回、おこがましくもブログに挑戦してみることにしました!!

なぜ、ブログに挑戦してみようと思ったのか、、、それは、ずばり!

離婚したい!!!

からなんですね・・・・。

世間的には、女性からの離婚というと、不倫されてるとか、酷いモラハラを受けているとか、家にお金を入れないとか、セックスレスとか(確かにレスではありますが、私の方も主人とそういう気持ちには到底なれない・・・)

そう言った場合のみ、同情を持って受け入られてる感がありますが、私の場合は少し違います。

自己紹介がてら、なぜ、私が離婚という決意に至ったか、お話させていただきたいと思います。

かなり長ーいお話。。。なのですが、

「私も、そこまで酷い状況ではないのに、離婚が頭をよぎります・・」

という方などがいらしたら、こんなケースもあるのね・・・と一例として見ていただけたら、幸いです。

よろしければ、お付き合いくださいませ♪

大好きな人とデキ婚!幸せいっぱい・・・のはずが・・。

まず、私が結婚したのは、24の時だったんですね。

私は学校の勉強も嫌い、特にやりたいこともない人間でした。

それゆえ、商業高校を卒業後、選んだ道はフリーター(笑)

それでも好きにさせてくれる両親のもと、のんびり暮らしてました。

そして、バイト先のデパ地下で、和菓子の販売に携わっているとき、今の主人と知り合い、好きなってお付き合いするようになりました。

その頃には、私にも、フラワーデザインを学びたい、という意欲がでてきていて、仕事と学校を掛け持ちしていました。

主人は、私と同じ歳でしたが、高校卒業後、その和菓子屋さんに就職しており、正社員として働いていて、親元を離れ、一人暮らしをしていました。

そして、お付き合いをして2年ほどたったころ、私は妊娠をしました。

主人は、元来、子供が好きで、「子供がほしい」とよく口にしており、私よりも家庭を持つことに積極的でした。なので、避妊の意識はほとんどなく、

出来たら、授かり物だから結婚しようね。」となっており、お互いの親にも紹介済で、私は結婚前に彼の田舎にも連れて行ってもらってました。

そんな訳で、子供が出来て、私は幸せいっぱいでした。

フラワーデザインを学んでみたものも、正直、不器用さのほうが気になり、これで将来的にうまくいくのか不安だったのもあります。

結婚して主婦という肩書きが得られれば、仕事を一生懸命探さなくてもよくなる・・・という甘えもあったと思います。

が、しかし喜びながらも主人が口にしたのは、

実は、消費者金融から借りてるお金が200万程あるんだ・・・

という衝撃の言葉だったのです!!

もう、本当に絶句。。。でした・・・。

生活が苦しくて、たまにカードで借りてるのは気づいてましたが、まさか、そんな収集のつかない金額になってるとは・・・・

そして、その状況で「子供が早く欲しいね」と口にしていたとは・・・。

とはいえ、本当に私自身も甘かったよなあ、とは思います。

将来を歩んでいこうという人と、もっとお金についてしっかり話しておかなければならなかったんですよね。

私自身も貯めていたお金は、学校で消費してしまい、自分の貯金はほぼ無くなってしまっていました・・・。

そのことも、仮にも子供を持とうと考えていたなら、なぜもっと計画的にしなかったのか・・・。

とはいえ、女性が好きな人との子供を諦めるって、かなり難しいことですよね。

産むと決めた私達は、入籍をし、結婚式はおろか、写真も撮らず、指輪も買わず、結婚生活をスタートしました。

私は、臨月まで会社に無理を言って、立ち仕事ですが、8時間働いてました。

そんな、娘の状況を不憫に感じてか、私の両親が、主人の借金を一括で返済してくれるお金を出してくれたのです!!

そして、自宅を少し改築し、上の階に、私たちが暮らせるようにしてくれました。

本当、親ってありがたいなあって思いました・・・。

もちろん、そのお金は月々、両親に返済していきましたが、金融会社の利息を考えると、すごく早くに終わらせることができました。

結婚後感じる違和感の数々と、新たな借金地獄へ・・・

そんな感じで始まった結婚生活ですが、一緒に暮らしてみると、本当にお付き合いしているころとは、違うなと感じることが、いくつもありました。

私が、一番キツかったのは、不機嫌になると主人は、押し黙ってしまって、負のオーラ全開で何時間も一緒にいなくてはならないことですね・・。

主人は、自分の感情をコントロールするのが下手なタイプだったんですよね。

話し合いすらできない感じで、そう言う時は、まだ小さい子供の些細なミスにもピリピリしてました・・。

とはいえ、極端にモラハラというわけでもなく、言えば、家事も手伝うし、子供とも遊んでくれました。

当時はまだ、イクメンという言葉もなく、パパが保護者会に来るのは、保育園でも珍しかったので、それだけで、「育児に協力的なパパでいいわね~」とまで言われてました。

機嫌が悪くなると面倒なので、私は主人の地雷を踏みそうなことは、ひたすら我慢して口にしなくなりました。

あと、金銭感覚の違いが決定的にあり、それは今もですね。

やはり、あれだけの借金をできてしまうだけあって、お金は何とかなると考えてる感じです。

とはいえ、生活も、やや安定し、二人目にも恵まれ、慌ただしい中にも、幸せにやっていたと思います。

そして、それから9年後、私たちは、家の建て替えという新たな夢に取り憑かれてしまいます。

夢の新築マイホームに立ち塞がるトラブル

私の実家というところは、決してお金持ちではなく、寧ろ、子供の頃は貧乏だったとさえ感じてます。

でも、立地条件がすごく良い場所に、亡くなった祖父が土地を購入し、木造の家を建ててくれていたので、土地の価値は高かったんですね。

私たち4人と私の両親2人で住んでいる、築40年以上の家屋は、傾いており、雨漏りもしてました。

そして、たまたま立ち寄ってみた、住宅展示場で、あるハウスメーカーさんから、賃貸併用住宅にして立て替えれば、

「月々34万程のローンでまったく新しく建て替えができる!というお話をいただき、飛びついてしまったのです。

もちろん、そこに至るまでは、そこの土地と家屋を売って、どこか田舎に全員で引っ越す・・とかも考えたのですが、代々住み慣れた土地ということもあり、私の父がかなり寂しそうでした。

あと、家屋にはもう資産価値が無くなってしまっていたので、売るなら壊さないと売れない・・という問題もありました。

娘たちも、都心を離れることに抵抗があったようで、

「不可能でないなら乗ってみよう!ということになったのです。

が、この計画はやはり無理がありましたね・・。

人間は、机上の空論だけで、実力以上のお金に手をつけてはいけないなあ・・。と、まざまざ感じました。このとき見舞われたトラブルですが、

①主人がウツ病を発症

この時、主人には昇進の話があり(主人は和菓子屋から転職し、警備員になってます)隊長に昇格して、あるビルを任されました。

が、これがなかなか上手くいかず、主人は心を病み、出勤できなくなってしまいました・・。

私も付き添い、診療内科にかかり、主人の職場も理解があったので、2ヶ月ほど休職の後、復職できました。が、もちろん隊長は降格、違うビルで平社員からゆっくり出直しました。

主人の心の回復が一番とはいえ、収入が大幅に減ったのは痛手でした。

②古い家屋を取り壊した後に見つかる数々の欠点

40年以上立っていた家を壊した後、なんと、土地に特殊な手を加えないと、杭を打つ工事ができないという欠点が発覚したのです・・。

工事は大幅に遅れ、この時、仮住まいに住んでいる期間の家賃や、入りきらない家財を預けている所へ支払う倉庫代など、かなりの予算オーバーとなりました・・。

あと、今まで使用していた水道管が本管ではなく、まだ規制の緩い時代に、祖父が勝手に引いてきてしまっていたものと発覚し(笑)本管を引き直すのにも、かなりお金がかかりました・・。

 ③主人が私の両親を本格的に嫌い始める

私はわりと、家族仲が良い家庭で育ってきましたが、主人は、早くに母親を亡くしていて、後添えとなった義理の母親と関係が良好とは言えず、実の父親とも疎遠気味でした。

その為か、わりとズカズカと入り込んできてしまう、私の両親が理解できない部分が多かったみたいです。

娘の私から見ても、お節介がすぎるところなどがあり、私は娘なので諦めもつきましたが、主人には、ストレスだったのでしょう。

特に仮住まいの部屋決めを巡ってのことなどで、かなり気分を害したらしく、あからさまな態度になっていきました。

ウツの後遺症もあり、食事の時間になっても、降りてこようとせず、その癖、「あとで食べる・・・」とか言うので、片付けられず・・。

母や父に、部屋から出ない理由を伝えられなかったり、些細なことでもイライラする主人に、だんだん私も疲れてしまい、ある時、「このままなら離婚するしかない」とはっきり伝えました。

その上で、「なぜ私の親と同居することになったのか思い出してほしい。全ては、自分達の行動の結果で、もうここが嫌なら、1人になって、楽に生きれば」

泣きながら伝えたところ、顔色が変わり、謝罪し行動を改めてくれました。。。。

が、この後も、何度もこのような主人の浮き沈みがあり、苦しかったですね・・・。

働いても切り詰めてもお金がない!!忙しさに死んでいく心

そして、このような苦労の末に手に入れた、新築3階建のマイホーム(1階に両親、2階賃貸住宅、3階が我が家)ですが、、、当然のように生活が苦しかったです。

当初、3、4万と言う話だったローンは、固定資産税のことも考えると、15ほどに膨れあがっており、賃貸部分の収入が保証されていて、住宅ローン減税を受けても、とても大変なものでした・・・。

それもそのはず、私たちの年収は、まったく良いものではなかったからです。

ちょうど、そのころ、職人をしていた父が勤めている工務店が倒産し、母は腰が悪いので働けず、両親は年金生活になりました。

私も今までもずっと、様々な仕事をしていました。

長女が生後10ヶ月のころには、もう保育園に預けてお弁当屋で働いてました。

生命保険のセールスレディや、置き菓子の配達などを経ましたが、サービス業が中心で、事務の経験がなく、PCもまったく触れなかったので、時給の高い仕事や、ブラックでない企業とは、ほぼ無縁でしたね・・。

そしてこの時は、コンビニの店員をしてました。

ちょうど、家から近いコンビニが新規オープンになり、面接に行ったところ、土日休みと、平日は長時間シフトを入れたいという希望を叶えてくれたからです。

私は、平日、月曜から金曜まで、朝8時から夕方5時まで、休憩30分!!!

でひたすら働きました。

コンビニなので、ゴールデンウィークや、お盆、お正月も、出れるときは出ました。

17時から来るはずの、バイトの子が来れなくなって、そのまま夜の10時まで働いていたりすることもありました。

14時間いて、休憩は1時間です・・・!!ブラックでしたねえ(笑)

時給は当然低いので、長い時間働くしかなかったんですね。

ちょうど、下の子は小学校入学のタイミングでした。

ここで、下の子に触れると、3歳ぐらいのときに、発達の遅れを指摘され、ずっと支援学級に在籍しています。

軽度の知的障害という診断で、今は県の支援学校の中学生になりました。

そんな、下の子のサポートもあり、長時間の労働、家事、上下の子供の学校のPTA活動などで、本当に目まぐるしく、私は、ここの家で過ごした5年間の記憶は、ほぼありません・・・。

そして、どんなに頑張って、切り詰めても、生活が苦しい・・・。減っていく貯金額に溜息と葛藤の日々でした。

主人に募る不満・・・。心が折れた日

もちろん「この窮状を何とかしなくては・・。」と、私は何度も主人にも相談しました。

まず、会社に隠れてバイトとか出来ないか?

これは、にべもなく「正社員だから無理!!バレたらクビだよ!!」と否定されました・・。

なので、収入がなければ、支出を減らすしかありませんよね?

ところが、主人は、元来、そういう意識が低い人間でしたので、「協力する」と、口では言いつつ、なかなか実行出来ない人間でした。

言い過ぎると不機嫌になるので、私の方も言うのに疲れてしまい、結局は、なあなあ、になることばかりでしたね・・。

そして、この頃には、もう主人の体重は結婚時より20キロ近く太ってました・・

警備員という不規則な生活の上、脂っこいもの、炭水化物が大好きで、家にいる時は、時間の許す限り、ゴロゴロと寝転がり、テレビも電気も、エアコンも付けっぱなし・・・。

そして、食欲は異常に強いので、主人が休みの日は、食費がかかる・・・。

私が仕事から帰ってきたときに、昼食の食器を出しっぱなしで、その状態のこともありました・・・。

不摂生な上に、お風呂もあまり好きじゃない主人は、タバコもお酒も嗜むので、加齢臭もあいまって、どんどん体臭がキツくなってしまっていました・・。

太って、汗も沢山かくので、尚更ですよね。

気をつけてほしくて、それとなく、指摘したりもしたのですが、そう言う時は、必ず憮然とした感じでした。

自分の臭いって、自分じゃよくわからないものなんだなあ・・・。と心底感じました。

それを証拠に、「会社の〇〇さんが、体臭がキツくて、彼が寝た後のベッドはみんな嫌がるから、俺が病院行ったほうがいいんじゃない?って言ったんだよ

とか、話してきたりしたので、私と長女は絶句!!!でしたね(苦笑)

当然、長女はすごく主人を嫌い始めました・・。

臭いとか、だらしない、とか以外にも、長女は健常児で、お喋りも大好きだったので、小さな頃から、よく保育園や学校の出来事を話してくれていたのですが、主人はまったく話をちゃんと聞いておらず、話を覚えている、ということがなかったのです。

長女に、「この話、前もしたよ」と言われると「俺は、自分にとってどうでもいい話とかは覚えてられないんだよ」

平然と言ったりします。

長女が初めてお小遣いで買ってきた、バレンタインのチョコを目の前で食べながら、

やっぱり、安物はまずいな・・・。

と言い放ったこともありました!!!

無言で立ち去る長女にオロオロしながら、「何てこと言うの!!!」と小声で怒ったのですが、全然わかってないようでした・・・。

この時、結婚して初めての主人の誕生日に、私が自分のお小遣いで貯めたお金で、バースデーケーキを買ってきて(スーパーとかではなく、街のケーキ屋さんのです)お祝いしたのですが、

ここのケーキあんまり美味しくないね」と言われたことを、まざまざと思い出しましたね・・・。

そして、主人が、結婚してから、私の誕生日や、結婚記念日、クリスマスなどに贈り物をしてくれたことは一度もありません・・・。

私も、その件以来、主人に何かお祝いを贈ろうという気持ちがなくなりましたね。

かなり、前に、「もうすぐ私誕生日だなあ〜」とつぶやいたところ、主人は、

「いいじゃん。何か、自分の好きなもの買ってきたら

と、言いました。笑えますよね。

寝室があるのにも関わらず、体臭を放ちつつ、居間で寝るのをやめてくれない、何度伝えても「暖簾に腕押し

当然、男性として見る・・・なんて出来っこありません!!!

私としては、同じベッドで寝るのも苦痛で仕方ありませんでした。

幸い、主人はあまり性欲が強いほうではなく、一度、酷く疲れて、やっと寝れた時に、身体を触られて、目覚めてしまい、ブチギレしてしまったら、それ以来求められなくなりました(笑)

そしてこの時、離婚を決意させた三つの言葉

・一つ目は、いつものように、「ローンが大変で、お金が・・・」の話をしていたとき、主人が、「自分の会社の上司でさ、奥さんが正社員で、土日もほぼ休みなく働いていて、もうローン完済しそうな人がいるなんだよ!!・・・と言い出したのです!!!

いや~大したもんだよ」とか脳天気に語るその頭をかち割ってやりたかったですね。

私に、その奥さんと同じようにしろって言ってるよね!!!!と思いました

・二つ目は、上のように、またしてもお金のことで、何かいい案はないか、主人にも意見を求めていた時、「あ~~~あ!!!もう!どうしろっていうんだよっ!!と言って、背を向けて、ごろ寝したのです!!

話合いも放棄されて、私は心底落胆しました・・。

・三つ目は、金策にほとほと困っていた私は、チャットレディで稼げないかな・・・と考え始めてました。。。

でも、流石に抵抗がある。。。これで、収入を得たとしても、母親であり、妻がこんなことしてるって知ったら嫌かな・・・。と、主人に相談してみたんです。。。。結果、

いいんじゃん。やってみれば!!

と、二つ返事で返されました・・・・!!!

なんか、この時、上手く言えないのですが、本当に心が冷え切った気がしました。

ああ、この人はダメだ・・・・

と、怒りより、絶望に満ちた感覚に襲われたんです。

この人にとって、家の運営を考えて、悩み倒すのは私の仕事。

自分は、決められた時間だけきっちり働けば、役目は果たしてる。

例えば、私が風俗で稼ぐとか言っても、同じノリで返すんじゃなかろうか・・・。

「離婚したい」

心底思いました・・。

馬鹿馬鹿しい。なんで、私だけが1人で、何役もこなし、その上、あなたの生活の面倒まで見てるんだ。

助け合って生きてるどころか、足を引っ張られている気しかしない・・・。

と、本気で思いました。

主人がウツになった時とは違い、自分の意思でハッキリと、離婚したいと思ったのは、この時でした。

まさかの長女からの反対!!新たなる決意

離婚を意識しだした私は、ブラックではあるものの、勤務年数も長く、信頼を得ていたので、そこのコンビニを経営してる会社で、正社員となり、マネージャーの役職を貰いました。

とは言え、正社員になったくらいで、そんなに収入があるはずもなく、家は?親は?

など問題は山積みでした。

そして、長女と2人の時、パパの愚痴になりました。

長女は、「パパって、一番、家でグウタラしてて、部屋を散らかしてるのに、私たちには、片付けろ!!とか言うよねと、しっかり冷静な目で判断できる年齢でした。

なので、私は、「ママねえ、もう耐えられないから、離婚したいって思ってるんだよ

とつい、口にしてしまったのです・・・。

当時、中2の我が子に、そんな相談をしてはいけなかったな・・。

と、反省しきりです。。。

そして、長女の口から出たのは

えっ!!!やめてよ!!!

でした・・。

私は、長女はパパのことを嫌っているので、わりとすんなり「そうしたら」とか言ってくれるかと、期待してしまっていたんですね・・・。

が、やはりそこは親子、そんなに簡単には割り切れなかったみたいです・・。

でも、確かに問題は山積みだし、私も離婚が果たして最良の策なのか、迷っていたところもありましたので、この一言で、かなり決意が揺らいだのです。

そして、もう私に残された手段は、

家を売ろう

これしかありませんでした。

これまでも、度々、「家を売った方がいいんじゃないか・・・?」と親や、主人とも話してみてましたが、結局、決断しかねていたんですね。

建て替えで、大変な思いもしてましたし、母も父もそのころより身体が動かなくなってました・・。

長年付き合いのある人たちがいる場所、住み慣れた土地。

何より、ここを売ることで、莫大なローンを完済できるような、収益があるのか・・・。

何もかもが、手探りで話合っても、堂々巡りで、今まで決断できませんでした。

でも私は決めました。

このままじゃ、皆んな共倒れになるのを待ってるだけだ。

何より、もう私が保てない・・・・。

この家を売って、ローンを完済し、どこか不便な場所でも構わないから、二世帯で住める広い家を探す!

そして、1人になれる部屋を持とう!!!

旦那の顔をあまり見ないようにすれば、これからの生活も、何とかやっていけるかもしれない・・・!!!

と、希望を託し、不動産会社の一括査定に申し込み、主人、父、母に

もう、ここを売るから!!!

と宣言しました。

皆んな、二つ返事で、了承でした。

結局のところ、誰かの決断待ちだった感じです・・・。

新天地で再スタート!!!コロナ禍で思ったこと・・・

こうして、新たな計画に踏み出した、我が家ですが、結果だけいうと、かなり上手くいきました。

何社か比較して、大手の不動産屋さんにお願いしたのですが、営業の方がやり手で、信頼のおける方で、こちらの希望する物件を、しっかり探してくだいました。

売値も、想像より良い金額で売却できたのです。

そうして、2年前に、我が家は、現在の家に越してきて今に至るのですが、去年はコロナという、今までにない災厄に見舞われましたよね・・・。

都心のビルの警備員である、主人もシフトを大幅に削られました・・・。

それは仕方ないのですが、シフトの組まれ方が、どうも主人だけ多く削られているように思えて、作った人に、意見できないのか??と聞いたところ、かなり渋られた挙句、確認もしてくれませんでした・・・。

確かに、「波風立てたくない」とうのは分かりますが、生活が懸かっているのに、一家の主が本当に相変わらずだな・・・と落胆しましたね。。。。

そして、懸念していた通り、自粛が始まれば、酷い自堕落な生活が始まりました。

私だけが、普通にパートにでていたのですが、朝から晩まで同じ格好で、ダラダラダラダラ・・・・。

歯も磨かず、顔も洗わず・・・。

ずっと、寝ているか、食べているか、テレビを見ているかの生活。私は飼育係のような気分で、エサを与えている錯覚がおきましたよ。。。

そうして、迎えたゴールデンウィークで、私は部屋で1人、

やはり離婚したい

という結論に至ったのです。

確かに、越してきて、生活苦の悩みはだいぶ落ち着きました。

私はほぼ、家にいるときは、部屋にこもっており、主人とは極力顔を合わせません。

が、しかし、このまま人間として、尊敬もできず、いざと言うときも頼れず、男性として魅力を感じず、寄り添うことすら遠慮したい・・・。

これから先の人生、本当にずっとこの人といるのか・・・。

定年になったら、こんな風にずっと家に居られる・・。私は死ぬまで、この人のエサの心配をしなくてはならない・・。

あ、、、、無理。(結論)

このコロナ禍で、私は様々なことを考え、いろんな情報(コロナの情報ではなく、これからの社会にどう生きるか、の情報です。)をネットでググりまくってました。

今まで、私がよく知らなかっただけで、世の中には、いろんな稼ぎ方があったんです!!

それまでの私は、自分には、学歴がないし、資格や、経験がある訳でもない・・・。

こんな、人間は、安い時給で長時間働くか、高時給なら、精神的にノルマや、風当たりの強い、敬遠されるような職業に就くしかないんだ・・・。

という認識でいました。

ところが、ネットの中には、ITに通じているだけで、驚くほど稼いでいる人たちが、たくさんいたのです!!!

私も、挑戦してみよう

と、そう感じ、居間から聞こえる、主人のテレビの音、笑い声、高イビキを忌々しく思いながら模索し続けてました・・・。

あんなふうに、思考停止で生きていきたくない

ブログ・アフェリエイトで稼ごうと至った訳

と、決意を固め、離婚へ前進していきたいところなんですが、何せ、何を進めていくにも、私には自由にできるお金なんて、ほとんどありません・・・。

今のパートを辞めて、もっと時給の高い、長時間勤務の職種に移ろうかと、考えたりもしました。

が、そのような勤務に転職したところで月20万ほどが、限界かと思います。

税金や年金を引かれれば、手取り17万、といったところでしょうか・・・。

この話合いが、どうなるかわかりませんが、下の階に住む両親は、もちろん私が1人で見ていかなくてはなりません。

2人の娘たちは、上の子はもう18になり、就職すると言っています。(このコロナ禍で、どうなるかわかりませんが・・・)

下の子は、障害児ということもあり、自立は難しいでしょう・・。

もちろん、私は手離す気はありません。

今までずっと、子供のことは、私1人がすべて受けおってきたのですから・・・。

主人にとって離婚は、晴天の霹靂でしょうから、慰謝料を請求されるかもしれませんし、この家のローンは私1人で支払っていくと覚悟しています。

お金が必要だ・・・。

と切実に感じます。

そして、できれば自宅でできる、ある程度の収入が見込める、副業として辿り着いたのが、ブログ・アフェリエイトでした。自分に出来そうだ、と思った点は、

①文章を考えることが、苦痛というほどではない。

数少ない、私の唯一、ちょっと出来ることかもしれません・・。

とはいえ、作文で賞を取ったりなどしたことは一度もありませんが・・。

それほど嫌いじゃない程度です(笑)

②失敗してもリスクが少ない

PCやスマホは必須かと思いますが、それさえあれば、始めれられるし、サーバーやドメインの購入などの初期費用を考えても、それほどの金額にはならないので、ダメもとでもやってみよう!!と思えました。

セドリなどの物販を扱う内職に比べて、在庫を抱えたりする不安もないのは魅力的ですよね。

③自宅や隙間時間で出来る

いきなり、本業のパートを辞めて、これ一本でいける!!とは思えないですよね・・。

まずは、本業のパートに少しでも上乗せできれば・・・と思っています。

その点で考えると、やはり場所を選ばないでできるのは、大きいです。

今はコロナもあり、出勤を控える人も増えてると思いますが、満員電車での出勤って、寿命を削ってますよね・・・。

また、災害や事故で交通機関がマヒするのも、会社に勤めていた時は、ストレスでした・・・。

④専門の知識がなくても始められる

実は、ネットを使った副業として、プログラマーも挑戦してみたかったのですが、私にはハードルが高すぎました・・。

無料のプロゲート、というアプリで触れてみたのですが、素人がこれだけで、どこまでいけるのか・・・。と不安を感じ辞めてしまいました・・。

学校などに通う、時間もお金もないのが悔やまれます。

その点、ブログは、ググれば、わかりやすい解説を書いてくれている、サイトがいくつもあり、you tubeにもたくさん解説動画がでていて、PCに疎い私でも、ここまでこれました。

⑤成功時の利益が大きい。

アフェリエイトは、1人でも多くの人に見てもらって、興味を持った広告にアクションを起こして貰えれば、収入になる仕組みです。

確かに、見てもらうハードルは高いかもしれませんが、成功していけば、何もしてない時も利益が生まれる稼ぎ方です。

やってみる価値はあるかも!!と私は思いました。

最後に

本当に長くなってしまい申し訳ありません・・・。

ここまでお付き合いいただいて、ありがとうございます。

夫婦の形は様々で、まったく共感できない!!って方もおられるでしょう。

様々な生き方があって、もちろんいいはずですもんね。

もちろん、主人に感謝もあります。

子供たちに出会えたこと、家族といる幸せ、家を建て替えたことも、昔の家のままでは、高値では売れなかったので、後悔してません。

主人にも、たくさん言い分はあるでしょうし、何より、私にも悪いところは、多々あったと思います。

ですが、もう私は、母の役はともかく、妻の役目は心底降りたいと思っっています。

元々、結婚に不向きだったのかなあ・・・とすら思います。

タイトルの何もない主婦、と言うのは、正に今の私です。

ですが、こんな人でも、諦めずに挑戦して行けば、自分を、人生を変えれるんだ!!!

と、思ってもらえるようになりたいと思います。

皆さんもどうか悔いなき人生をお送りください。